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浪花天保山風景

浪花天保山風景

作者名貞升

  • 天保山は、大阪の港へ入る船の格好の目印の山で、水の都大阪のシンボルでもあった。もともとは、天保3・4年(1832~3)安治川の浚渫〈しゅんせつ〉工事で余った土砂を積んで造った高さ10間(18m)、周囲100間の人工山である。人工で水が引かれ、橋がかけられ、各種の樹木なども植えられ、遊園地のようなものとなった。淡路島から須磨・明石・住吉の海岸までの眺望がよく、絵に見るような賑いを見せるようになった。
  • 天保3~4年の浚渫〈しゅんせつ〉工事は、御救大浚〈おすくいおおざらえ〉と呼ばれ、幕府が大阪全市民の協力を得て行ったもので、裏長屋の借家人までそろいの衣裳で、土砂運びを手伝ったという。そのため、天保山に対する大阪市民の愛着は非常に大きかった。