
横浜商館天主堂ノ図
作者名広重(Ⅲ代)
時期明治3年閏10月(1870)
- 文久2年(1862)、居留地80番地に仏人宣教師のゲラールとムニクにより通称「ヤソ寺」「異人寺」と呼ばれた天主堂が完成。塔頂に黄金の十字架が輝いていた。毎日3回、鐘が鳴らされ、時を知らせる横浜名物の鐘として有名だった。
- 文久3年、教会に入った日本人が投獄され、フランス公使のとりなしで釈放されたこともあった。キリスト教の絵を持っているだけで、村八分にされた時代に、広重が天主堂の絵を描いたことは、さぞ、勇気が要ったことであろう。